家に帰ると、奏多はすぐに電気屋の袋を自分の部屋へ持ち込んだ。
机の上に置き、袋から箱を取り出す。
何度もネットで見ていたものだ。
店頭でも触った。
それでも、自分の部屋に置かれた新品の箱は、まるで違って見えた。
奏多は少しだけ眺めてから、箱を開いた。
「……おぉ」
中から新品のスマホを取り出す。
手に持つ。
握ってみる。
自分のものだと思うと、それだけで妙に嬉しい。
奏多はスマフォを取り出し、同期を始めた。
画面の案内に従いながら設定を進める。
アカウントを確認して、装備設定を確認して――。
やがて、同期完了の表示が出た。
「よし」
奏多は改めてスマホを見る。
ここでARまで展開してみたい気持ちはあった。
けれど、それは明日まで取っておくことにした。
代わりに、スマホを腰へ装着してみる。
位置を少し直す。
腰に収まったそれを見下ろし、グリップへ手をかける。
抜くわけでもない。
ただ、触ってみる。
「……へへ」
自然と口元が緩んだ。
翌朝。
制服に着替えた奏多の腰には、もうスマホがあった。
そのまま学校へ向かう。
教室へ入り、自分の席へ。
隣の席の男子が奏多を見た。
いつものように視線を向け――ふと、その目が奏多の腰で止まった。
スマホ。
それから奏多の顔を見る。
何も言わなかった。
ただ、少し嬉しそうに笑った。
奏多も特に何も言わず、自分の席に座った。
放課後。
ここ数日、家の仕事へ向かっていた奏多は、久しぶりにスマホ部の部室へやってきた。
扉を開ける。
「こんにちはー」
「あ、結城くん。久しぶ――」
栞の言葉が途中で止まった。
視線が、すっと下がる。
奏多の腰。
「あっ!」
栞が目を見開いた。
「スマホ!」
「うん。昨日買った」
「えっ、じゃあ最近ずっと家の仕事行ってたのって……」
奏多は腰のスマホに手を添えた。
「うん。これ買いたくて」
「そうだったんだ!」
栞がぱっと笑う。
その声に、黒瀬や森下たちも奏多の腰へ目を向けた。
「おー」
森下が少し感心したような声を出す。
奏多は改めて先輩たちを見た。
それから、少し姿勢を正す。
「改めて、今日からよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
今までも部員だった。
練習にも参加していた。
試合だってした。
けれど、自分のスマホを腰につけてここに立つと、何かが少し違って感じた。
練習場へ移動すると、奏多はARグラスを装着した。
いよいよ、自分のスマホを使って練習できる。
そう思いながら顔を上げる。
「……ん?」
奥に誰かいる。
二年生の男子だった。
真面目そうな雰囲気の先輩が、何もない空間に向かってグリップを振っている。
一度。
止まる。
また振る。
今度は少し角度を変える。
また止まる。
奏多には、何をしているのかまるで分からない。
ただひたすら、虚空へ向かってグリップを振っていた。
先輩も奏多に気づいた。
「ああ」
軽くグリップを下ろす。
「二年の柴田圭介だ」
「一年の結城奏多です」
互いに簡単に名乗る。
そして奏多は、やはり気になってしまった。
柴田がさっきまでグリップを振っていた場所を見る。
何もない。
「……何してるんですか?」
「トレーニングだが?」
柴田が答える。
奏多は首を傾げた。
「……?」
柴田も首を傾げる。
「……?」
二人の間に、妙な沈黙が流れた。
少し離れたところにいた森下が、その様子を見ていた。
「あぁ」
何かに気づいたように声を上げる。
「二人まだフレンド登録してないから見えないんだ」
「え?」
「柴田のやつ。結城には見えてないんだろ?」
奏多はもう一度、柴田の前を見る。
「何もないです」
「なるほど」
柴田もようやく納得した。
二人はその場でフレンド登録を済ませた。
その瞬間だった。
奏多の視界に、さっきまで存在しなかったものが現れた。
柴田のグリップから伸びるAR武器。
そして、その正面に立つトレーニング用のターゲット。
「あ、見えた」
奏多がターゲットを眺める。
「ターゲットだ」
柴田が言った。
「みんなカカシって呼んでる」
「カカシ……」
奏多はじっと見る。
どこか特徴のある姿。
初めて見たはずなのに、妙な引っかかりがあった。
(……このカカシ、どこかで見たことあるんだよなぁ……)
考えてみる。
けれど、思い出せない。
「結城もトレーニングモード起動してみろ」
柴田に言われ、奏多は考えるのをやめた。
「はい」
スマフォを取り出し、トレーニングモードを起動する。
すると奏多の正面に、自分用のカカシが現れた。
柴田がそれを見る。
「起動した位置を基準に出る」
奏多が周囲を確認する。
「スマフォから位置はリセットできる。邪魔にならないところでな」
「なるほど」
奏多は少し場所を移動し、カカシの位置を整えた。
これでいい。
グリップを握る。
そして――初めて、自分のスマホから武器を生成する。
選んだのは大剣だった。
ARの巨大な刃が現れる。
奏多は一度それを見てから、正面のカカシへ向き直った。
「じゃあ……」
とりあえず、振ってみる。
大剣がカカシを通過した。
その直後。
奏多のARグラスから、声が聞こえた。
『ん? 何か通った?』
「……?」
思わず奏多が止まる。
すると柴田が言った。
「『ん? 何か通った?』って言われたろ?」
「はい」
奏多は柴田を見る。
「なんで分かるんですか?」
判定の声は、自分にしか聞こえていなかったはずだ。
柴田は自分のカカシを指した。
「俺のカカシの音声をオンにしてみろ」
奏多はスマフォを操作した。
柴田のカカシの音声を聞こえるように設定する。
「できました」
「じゃあ、見てろ」
柴田が構えた。
先ほどまでと変わらない、真面目な顔。
一振り。
『うわぁお!』
「……」
奏多が瞬きをする。
柴田はもう次を振っていた。
角度を変えて。
『うわぁお!』
今度は反対側から。
『うわぁお!』
また。
『うわぁお!』
柴田本人は、いたって真剣だった。
ただ淡々と、いろいろな角度からカカシへ武器を振っていく。
そのたびに。
『うわぁお!』
『うわぁお!』
『うわぁお!』
奏多は思わず柴田を見つめた。
やがて柴田がグリップを下ろす。
「この反応を毎回出せるように素振りするんだ」
「毎回……」
「いろんな角度でな」
「なるほど……」
奏多は納得して、自分の大剣を構え直した。
ただ振るだけではない。
どんな振り方でも、きちんと同じ反応を出せるようにする。
柴田がやっていたのは、そのための反復練習だった。
奏多もカカシを見る。
今度は少し意識して――。
「結城くん」
「あ」
後ろから声がした。
栞だった。
「あ、やってるねー」
練習場へ入ってきた栞は、奏多の前にあるカカシを見る。
そして、何かを思い出したように目を輝かせた。
「あ、そうだ。結城くん、この前のキーホルダー持ってる?」
「持ってますよ」
奏多はポケットを探り、以前大会でもらったキーホルダーを取り出した。
栞はそれを見て、嬉しそうに奏多のところへ寄ってくる。
「ちょっとスマフォ貸して」
「はい?」
言われるまま渡す。
栞はスマフォとキーホルダーを使って、何やら設定を始めた。
ほどなくして――。
「ほら!」
奏多のカカシの見た目が変わった。
色が変わっている。
表情も違う。
奏多は手元のキーホルダーを見る。
そして、目の前のカカシを見る。
「あぁ!」
ようやく繋がった。
「これか。どこかで見たことあると思ってた」
目の前にいるのは、キーホルダーと同じカラーと表情をしたカカシだった。
「今年のほんと可愛いから!!」
栞は満足そうにカカシを眺めている。
このアバターは、一度手に入れれば終わりではない。
使うたびにキーホルダーが必要になる。
だからこそ、キーホルダーそのものに意味がある。
栞はさらに楽しそうに言った。
「これねー、近づいてグリップで軽く触れてみて!」
「?」
奏多は言われるままカカシへ近づいた。
そして、グリップの先で軽く触れてみる。
その瞬間。
カカシが、何かを喋った。
奏多が少し目を見開く。
栞は待ってましたとばかりに笑った。
「喋るのー! 可愛い〜!!」
ずいぶん気に入っているらしい。
「朱里ちゃん先輩、カカシアバターたくさん持ってるんだよー!」
「朱里ちゃん先輩?」
奏多が聞き返す。
栞が一瞬きょとんとした。
「あ、小松先輩! 二年生の!」
「あぁ、あの人」
それなら分かる。
部室で何度か見かけた、二年生の女子だ。
柴田が横から言った。
「今日は文化祭の準備みたいだ」
「そっかー」
栞が答える。
柴田は続けた。
「明日は来るってさ」