スマホル ― 小説版
第7話

スマホ部へ

 朝の校門をくぐったところで、奏多はふと足を止めた。

 ポケットの中に手を入れる。

 指先に触れたのは、昨日もらったばかりの小さなキーホルダーだった。

 取り出して、手のひらに乗せる。

 大会初参加者にだけ渡されるもの。

 昨日の試合を終えた証みたいなものだ。

「……七瀬さんに渡さなきゃな」

 そう呟いて、奏多はまた歩き出した。

 昨日のことが、頭から離れない。

 試合の最中、何度も撃ったガトリング。

 そして――止まった瞬間。

(ガトリング……止まったな)

 弾が尽きた。

 あのとき、もっと何かできていたら。

 そんなことを考えているうちに、ブレードの感触も蘇ってくる。

(ブレードは……良かったけど)

 初めて使ったにしては、思ったより動かせた。

 もちろん、負けた。

 それでも。

 あの試合を思い返すと、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 むしろ――。

 もう一度やったら、どうなるんだろう。

 そんなことを考えてしまう。

 気がつけば、学校に着いていた。

 奏多は小さく首を振る。

「……何考えてんだ、俺」

 そのまま教室へ向かった。

     *

 席に座る。

 鞄を置いて、椅子に腰を下ろす。

 そしてまた、ポケットからキーホルダーを取り出した。

 机の上で、指先で転がす。

 小さな金具が、カチャ、と音を立てた。

(大剣いいとこ無しだったな……)

 また昨日の試合を思い出す。

(ガトリング意外に回避できた……)

 今度は、試合が始まる前のことまで蘇ってきた。

 スマートホルスターを握ったときの感触。

 目の前に広がったARの世界。

 武器が出てきた瞬間。

 そして、実際に戦ったときの――あの感覚。

 奏多はいつの間にか、頬杖をついていた。

 キーホルダーを指でくるくる回す。

「……入部してみようかなぁ」

 口から、ぽろりと言葉が漏れた。

「どうしようかなぁ……」

 そのとき。

「結城くん」

 教室の入口から声がした。

 奏多は気づかない。

「結城くん?」

 それでも気づかない。

「結城くん!」

 まだ気づかない。

 栞は一度、奏多の手元を見る。

 そして。

「結城くん、キーホルダー!」

「――あっ!」

 奏多が顔を上げた。

 勢いよくキーホルダーを握り込む。

 目の前には、七瀬栞が立っていた。

「どうしたの?」

「え?」

「ぼーっとしてたから」

「ああ……」

 奏多は少しだけ照れくさそうに頭を掻いた。

「ちょっと考え事」

「そっか」

 栞はそれ以上追及しなかった。

 代わりに、奏多の手の中を覗き込む。

「そのキーホルダーなんだけど……」

「あぁ、昨日……」

 奏多も思い出す。

 これを渡すために、朝から持ってきたのだ。

 栞が何か言おうと口を開いた。

 その瞬間――。

 キーンコーンカーンコーン。

 二人の動きが、同時に止まった。

「あっ!」

「……あっ!」

 教室の前方から、先生の声が飛んでくる。

「ホームルーム始めるぞー!」

「やばっ!」

 栞が慌てて振り返った。

 教室の外へ駆け出す。

「ちょ、七瀬さん!」

 奏多が呼び止める間もない。

 栞は廊下を走り――

 そして、教室のドアからひょこっと顔だけを出した。

「結城くん!」

「ん?」

「放課後、スマホ部の部室に来てね!」

「え?」

「絶対だよ!」

 バタン!

 ドアが閉まった。

 教室が、しん……と静まる。

 奏多はしばらくドアを見つめた。

「……」

 やがて、隣の席から声がする。

「……知り合い?」

「まぁ……最近?」

 奏多は少しだけ頬を掻いた。

「ふーん」

 隣の席の子は、それ以上何も言わなかった。

 ただ、なんとなく納得したような顔をしている。

     *

 授業が始まった。

 先生が黒板に文字を書いていく。

 奏多はノートを開いている。

 シャーペンも持っている。

 だが――。

 一行も進んでいない。

 机の端に置いたキーホルダーを、ちらり。

 またちらり。

 隣の席の子が、それを見て苦笑する。

 奏多は気づかない。

 頭の中にあるのは、昨日の試合。

 そして――。

 放課後。

 スマホ部。

 部室。

(……行ってみようかな)

 そんな考えが、少しずつ大きくなっていた。

     *

 休み時間。

 隣の席の子が、奏多に声をかけた。

「スマホル?」

「うん」

 奏多は少し驚いて振り向いた。

「昨日、初めて大会出た」

「へぇ」

「負けちゃったけど」

 そう言って、奏多は苦笑した。

 すると相手は、少しだけ目を丸くした。

「僕も出たことあるよ」

「えっ!?」

 奏多が身を乗り出す。

「大会?」

「うん。近所のだけど……」

 相手は少し照れくさそうに笑った。

「すごいじゃん!」

「そんなことないよ」

「でも経験者だ!」

「経験者って言っても、すぐ負けるし」

「それでも経験者だよ」

 奏多は妙に嬉しそうだった。

 昨日まで、自分は何も知らない側だと思っていた。

 けれど。

 こうして話してみると、身近にもやっている人がいる。

「じゃあさ」

 奏多が聞く。

「どんな武器使ってた?」

「えっと……」

 二人の会話は、いつの間にか続いていた。

 昨日までほとんど話したことのなかった相手と。

 スマートホルスターという、ほんの少しの共通点だけで。

     *

 放課後。

 チャイムが鳴った。

 奏多は立ち上がる。

「行こう!」

「う、うん」

 二人で教室を出る。

 廊下を歩きながら、奏多が尋ねた。

「スマホ部って、どんな感じ?」

「僕も部室までは行ったことないから、詳しくは……」

「そっか」

「でも、先生ちょっと変わってるよ」

「先生?」

「顧問の先生」

「へぇ……」

 二人は並んで歩く。

 やがて、廊下の先に一つの扉が見えてきた。

 奏多が足を止める。

 扉の上には、見慣れない文字。

 ――スマートホルスター部。

「……ここか」

「うん」

 隣の席の子も立ち止まる。

 奏多は扉を見つめた。

 昨日まで、自分には関係ないと思っていた場所。

 けれど今は。

 その向こうに、何があるのか。

 少しだけ気になっている。

 奏多はゆっくりと、扉に手を伸ばした。

 ――その先に待っているのは、昨日までとは少し違う日常だった。