体育館を出て部室へ戻ってきても、奏多の頭にはまだ、さっきの試合の感覚が残っていた。
森下との練習試合。
思うように距離を詰めさせなかったところまではよかった。
けれど、スキルを使われた途端に状況が変わった。
さらに、その後のスペシャル。
知らないものが、まだいくらでもある。
「どうだった?」
森下に聞かれ、奏多は少し考えてから答えた。
「面白かったです。」
「だろ?」
森下が満足そうに笑う。
そのやり取りを見ていた栞が、ふと思い出したように口を開いた。
「じゃあさ。」
「?」
「結城くん、入部する?」
「……。」
奏多は黙った。
すぐには答えず、少しだけ視線を落とす。
「実は……」
「うん?」
「朝からずっと、どうしようかなって悩んでたんだ。」
「あー。」
栞が納得したような声を出した。
「そういえば結城くん、朝から上の空だったよね。」
「え。」
すると、隣にいたクラスメイトまで頷いた。
「うん。授業中も心ここに在らずって感じだったよ。」
「そんなに?」
「そんなに。」
栞に即答される。
奏多は少し恥ずかしくなって、頭を掻いた。
朝からずっと考えていた。
昨日、大会に出て。
初めて試合をして。
負けて。
それでも今日、こうして部室まで来た。
森下と戦ってみれば、昨日とはまた違う戦い方があった。
スキルも、スペシャルも、自分はまだ何も知らない。
それでも――。
いや。
だからこそ。
「……うん。」
奏多は顔を上げた。
「僕、入ろうかな。」
「やった!」
栞がぱっと笑う。
「おー!」
森下も嬉しそうに声を上げた。
それから栞は、もう一人へ顔を向ける。
「君はどうする?」
「僕は……」
クラスメイトは少し困ったように笑った。
「全然勝てる気しないけど……」
今日の体験を思い返すように、部室の中を見回す。
「でも、先輩たち優しいし……僕も入ってみようと思います。」
「お、二人ともか!」
森下がさらに嬉しそうになる。
「新入部員二人!」
栞も喜んでいる。
その横で先生は、ごそごそと机の上を探っていた。
「んじゃ。」
二枚の紙を取り出す。
「入部届ここ置いとくぞー。」
ぺらっ、と机に置かれた。
「はい。」
奏多とクラスメイトは並んで座り、入部届を書き始めた。
周りでは森下たちがいつものように話している。
特別な式があるわけでもない。
大げさに歓迎されるわけでもない。
名前を書いて、必要なところを埋めていく。
奏多は最後まで書き終えると、ペンを置いた。
「よし。」
先生がそれを見て立ち上がる。
「じゃ、ついでに部室の説明しとくか。」
二人も顔を上げた。
先生はその場で、部屋をぐるっと指す。
「今いるここが休憩室。」
奏多も周囲を見る。
机や椅子があり、部員たちが普段集まっている場所。
「まあ、見りゃ分かるな。」
「はい。」
先生はそのまま別の扉へ向かった。
「で、こっちが器具庫。」
扉を開ける。
中には、部で使うための器具が整理して置かれていた。
「結構ある……。」
奏多が中を覗き込む。
そこで、ふと気になった。
「先生。」
「ん?」
「自分用のスマホ一式って、揃えた方がいいですか?」
「いや。」
先生はあっさり答えた。
「最初は部の使えるもん使えばいいぞ。」
「いいんですか?」
「スマホは安いもんじゃないからな。」
先生は器具庫の中を見ながら続ける。
「本格的にやるって決めてから揃えればいい。」
「なるほど……。」
隣のクラスメイトも、少し安心したようだった。
先生は栞の方を見る。
「基本的なもんなら貸し出せる。まだ余裕あったよな?」
「ありますよ。」
「じゃ、それ使え。」
「はい。」
奏多が頷く。
「ただし。」
先生が器具庫を指した。
「みんなで使うもんだから大事になー。」
「はい。」
二人が揃って返事をする。
先生はもう一つ思い出したように付け加えた。
「あと、使った器具はちゃんと充電しとけよー。」
「はい。」
器具庫を出ると、先生はもう一つの場所へ二人を連れていった。
扉を開ける。
「で、ここが練習場。」
休憩室とは違い、身体を動かせるだけのスペースが取られている。
奏多は中を見回した。
「ここで試合するんですか?」
「いや。」
先生が答える。
「ここはトレーニング用。素振りとか、操作の練習とかだな。」
「じゃあ試合は?」
「試合するときは体育館借りる。」
「あ。」
奏多はさっきまでいた場所を思い出した。
「だからさっきも。」
「そういうこと。」
森下が横から答える。
休憩室。
器具庫。
練習場。
そして、試合をするときは体育館。
昨日までは知らなかった場所が、これから自分が通う場所になる。
一通り案内を終え、全員で休憩室へ戻る。
机の上には、書き終えた二枚の入部届が並んでいた。
栞がそれを見て笑う。
「これで二人ともスマホ部員だね。」
奏多も入部届を見る。
ほんの少し前まで、入るかどうかずっと悩んでいた。
けれど今は、不思議と迷いはなかった。
「……うん。」
奏多は少し嬉しそうに笑った。
「じゃ、明日から早速練習な!」
森下が言う。
奏多はすぐに頷いた。
「はい!」